地元の定食屋さんで昼食。
 レジ近くの席に座りスマホをいじっていたら、カウンターで食事していたおじさんが立ち上がってレジ横に来た。

 なんのことはない、食べ終わったので会計するためにレジに来ただけなのですが
「ご馳走さま」
 という声があまりにいい。

 中尾彬さんみたいな、低くてダンディーで、おっさんのぼくが聞いても心地よいレベル。
 地元の定食屋さんのランチタイムという日常が、突如として非日常に侵食された。

 

 声だけ聞いたイメージとしては、パリッとした仕立てのいいジャケットを着た清潔感ある短髪で、近所に代々続く実家があって裕福。
 庭に大きな池があるけれど、そこにいる鯉が餌をあまり食べなくなったのが最近の気掛かりなこと、という感じ。

 

 スマホでゲームしてる場合じゃないので、顔を上げておじさんを見ると、意外なことに普通のおじさん。
 少々くたびれたスーツに寝癖。

 定食屋のおばさんが
「えーと…」
 といって、なにを食べたか確認しようとしたら
「10番。日替わり定食」
 と、これまたトロける様な美声で告げる。

 

 全体的に至って普通なのですが、あまりにいい声なので
「え? 声だけ?」
 という残念感が漂ってしまうのが切なくて申し訳ない。

 10番の日替わり定食ではなく、最高級のビフテキ丼みたいなやつ(あるのか?)を食べてて欲しかったと思ってしまうぼくが悪い。

 

「880円です」
 と言われてお財布を出すおじさん。

 イタリア製のいいお財布でも持っているのかと思えば、二つ折りのショボい(普通なんだけど)財布をズボンのポケットから出した。
 ここはせめて、ジャケットの内ポケットから財布を出して欲しかった、と思ってしまうぼくが悪い。 

 新札のパリッとした1万円札を出して
「お釣りはとっといて」
 と、いい声で告げるのかと思えば、小銭でパンパンに膨れたお財布から硬貨を取り出して支払うおじさん。

 

 人を見かけて判断してはいけないといいますが、声だけで判断するのもよくないですね。
 何一つ悪いことはないのに、声だけが突出したレベルにあるせいで、他が全体的にショボく感じてしまう切なさ。

 

 全体的になにもかもが普通なのにやたらめったら男前とか、全体的には確実に全国平均なのに瞬間的に世界が明るくなるほど巨乳とか、どこか一部分だけ突出してバランス悪いのは大変だと思いました。