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さよなら

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 体重20キロもあったタオが小さな骨壺に収まってしまいました。
 亡くなったことは悲しいですが、それでも抱きしめて顔を埋めて深呼吸して胸いっぱいに匂いをかぐことができた。それもできなくなってしまうと、悲しみや寂しさだけでなく、喪失感もいっぱいになってきました。

 両親が動物好きだったので、ぼくは小さい頃から犬や猫と一緒に暮らしていました。そして大人になって仕事をし始めて独り暮らしをしてみると、圧倒的に足りないものがあることに気づきました。
 でも不規則な時間になる会社員ではムリだと思ったので、独立してラブデリックを設立するとき
「この先、仕事がうまくいくかどうか分からないけれど、独立して時間の融通は利くんだから、なにがあっても犬1匹くらいはどうにかしてみせる。ちゃんと面倒を見て看取ってやる。だから犬と一緒に暮らそう」
 と決めました。
 ぼくの生活に圧倒的に足りないものとは犬だったのです。

 神宮前にラブデリックを設立してすぐに、ぼくが借りたのは千駄ヶ谷のワンルームマンション。

 犬もいないのにペット可の物件を探しているぼくを不動産屋の人は不思議がっていましたが、すぐに犬との生活をスタートするつもりだったんです。
 独立して時間に融通が利くといっても仕事が深夜になることがあるので、事務所から徒歩3分の場所にマンションを借りました。これで準備万端です。

 その直後に「江戸川区でオス2匹とメス2匹が生まれて里親募集してるよ」と友達が教えてくれました。
 飛んで行くと既にメスの2匹は貰われていて、オスが2匹残っていた。のろまで、ずんぐりした末っ子がタオでした。
 抱いたとき、もう1匹はむずがったけど、タオは大人しく寝ていた。
「こいつとは気が合いそうだ」という直感でタオを選び、そのままティッシュの箱に入れて電車に乗って、家に帰ってからの付き合い。

 タオとぼくの出会いはそんな感じですが、その3年後からヒカルも仲間に加わりました。
 なのでタオとヒカルが最初に会ったとき、タオは3歳。

 ヒカルの印象としてのタオは、まだ遊びたい盛りで落ち着きのない、人見知りする、大して可愛くもない犬だったそうです。そりゃそうですよね、単なる雑種ですもん。
 その後にヒカルとぼくが付き合う様になり、ある日、ぼくが用事で外泊することになりました。
 そのとき初めて、ヒカルに家に来てもらってタオの世話を頼んだんです。
 一緒に散歩に何度も行ってるし、ぼくがいる状況でタオもヒカルも一緒に家にいる事はありましたが、ぼくがいないのにタオとヒカルの2人だけというのは初めて。
 そのときは「ちゃんと散歩に行ったり、喧嘩せずに仲良くできるかな?」と、ヒカルはちょっと不安だったそうです。
 そしてタオとヒカルだけの夜になると、ソファに座っていたヒカルの横に遠慮がちにタオが飛び乗ってきて、初めてちゃんと撫でる事ができて、そのとき初めてタオを可愛いと思ったそうです。
 ヒカルも我が子の様にタオを愛してくれたし、タオもヒカルのことが大好きで、懐いて、愛してくれました。

 ところで実はタオはそこそこ有名な犬なんです。
 ぼくが作ったmoonでゲーム初登場し、その後もギフトピアちびロボ!キャプテン★レインボーにも登場してもらいました。大ヒットしたゲームではないので知名度低いですけど、タオと聞くとゲームのキャラを思い出してくれる人もいて、タオの事はゲームで知ったという人から励ましやお悔やみのメールを頂きました。
 ありがとう。

 週末に溜まったメールや仕事のあれこれを処理したので、心を落ち着かせるために、そして心配してくれた人への報告(すいませんが、個別の報告は、まだ気持ちが整理できないです)としてこれを書いています。
 こうやって自宅の仕事部屋でMacに向かっている時は、いつもタオが足元か背後のベッドの上で寝ていました。何してるか気になって振り返ると、こっちを見ているときもあれば、思い切り爆睡しているときもあった。
 そんなタオはもういないので、振り返っても意味ないんですが、どうしても習慣で振り返ってしまいます。
 振り返ってタオがいないのはすごく寂しいので、こんな習慣早く身体から抜けて欲しい。でもそれが抜けちゃうのはどんどんタオが薄れてしまう気がしてまた寂しかったりして…。

 42歳にもなって、悲しいだの、寂しいだのいってるおっさんも不気味ですが、こればっかりはどうにもなりませんね。20歳だろうと42歳だろうと、悲しいもんは悲しいし、寂しいもんは寂しいです。

 42歳といえば、ぼくは厄年。
 神社やお寺によって数え方が違う(数え年かどうか)ので、本厄という説と後厄という説があるんですが「厄年は自分よりも周囲に不幸が起きるから厄払いしておけ 」と諭されて、信心ゼロのぼくが厄払いには行きました。
 なので大丈夫だと高を括っていたら、この世で1番大切なタオを失ってしてしまった…。

 犬は不幸を持って行ってくれるという話しも聞くので、ぼくの身の上に降り掛かるはずだった不幸をタオが持って行ってくれたのかも知れない。でもどんな不幸だってぼくが背負い込めばいいし、タオに身代わりになって欲しいなんてこれっぽちも思わないので、そうじゃない信じたい。でもどうやっても証明できないんですよね。ほんとはどうなんだろう?

 3年前に腎臓が悪いことが発覚してからはずっと、なるべく負荷をかけないという方針でタオは漢方の薬を飲み続けていました。漢方が効かなくなった去年の6月に手術して、それからは毎日朝の薬だったんです。
 腎臓は完治する事がないので、ケムみたいに20歳までは生きられないだろうと思いました。
 だから後悔しない様に、タオを優先して、できる範囲で徹底的に面倒を見ました。

 残り少ない時間をなるべく一緒に過ごしたかったから、出かけるときは可能な限りタオも一緒に連れて行ったし、Route24を設立してフリーになったとき、オフィス用にスペースを借りるのもやめました。タオと一緒にいる時間を増やすために不便覚悟で自宅オフィスという選択をしたんです。

 朝は出勤前にヒカルが散歩。昼はぼくが散歩。レンタルビデオなどの近所の用事はいつもタオも一緒。そして夜は、仕事や会食がない限りはタオとヒカルとぼくの3人で一緒に散歩しました。
 鬱陶しがられるほどに声をかけたし、触れ合ったし、思いやった。精一杯愛したつもりです。
 タオもそれに応えてくれたし、きっとタオもヒカルやぼくのことを愛してくれた。

 でも、もっと違う人のところに貰われたら、もっと長生きできたのかも。
 ぼくの限界値はこんなものだけど、もっと大きな愛情を注いでくれる人がいたのかも知れない。そう考えると不安です。

 手術を受けた大学病院までは車で2時間くらいかかります。
 ヘビーな検査を受けて、それからまた2時間かけて帰宅となると、帰ってからぐったりしちゃうほど消耗しちゃうんです。
 なので数ヶ月に1回の血液検査はタオが仔犬の時からのかかりつけの病院にして、結果が悪ければ大学病院というパターンを続けていました。
 次は11月に血液検査の予定だったんですが、その前に悪化して死なせてしまった。
 こんなことなら、少しは負荷かけてもいいから毎月大学病院に連れて行けばよかった。

 タオの容態が悪くなったとき、かかりつけの先生が休診だったので、家から車で5分の病院に行きました。
 そこで検査すると、あまりに腎臓の数値が高いので「生きてるのが不思議なくらいだ」と言われました。
 でもタオが死ぬわけないと思っていた。
 もともと数値は悪いので、こっちはそれと折り合いをつけてここまでやってきてるんだと思った。これからもそうやっていくんだと思った。

 しかし現実には測定不能なほどに数値が高いので、もしかすると、とも思って不安でした。
 先生には「病院で死なせずに家で看取ってやりたいので、ほんとうに危ない時はいってください」と、ちゃんと伝えました。
 すると先生は「これだけの数値だと死んでしまう可能性もあるが、治るだろうし、治してみせるので、いまは入院させた方がいい」ということで初めての入院。
 最初に一緒に暮らし始めたのがワンルームなので、次に2DKに引っ越したとき、タオとは別の部屋に入って扉を閉めることをタオが嫌がりました。タオが自由に出入りできないからです。
 それ以降うちはずっと、全ての扉を開けっ放し。タオが家中を自由に歩き回れることを優先させました。
 なので狭いケージに入れられて、しかも慣れない病院に入院なんて、タオの気持ちを思うと不安で胸が張り裂けそうでしたが、木曜日はどうにか無事に帰ってきてくれた。
 そして金曜日は朝から点滴で夜に迎えに行ったんです。あまり数値に変化がないということで、ストレスかけて入院させるよりもいいという判断。危ないから家に帰すわけではないと、先生がいってくれた。
 すると金曜日の夜は吐かなかったし、ちゃんとオシッコもしたし、虚ろだった目に力が戻ってきたので回復を確信しました。

 そして土曜日の朝に再び病院へ。
 抗生物質の効き目も出てくる頃だと思ったので、ほんのちょっとだけ油断しました。そのまま死んでしまうなんて、まったく考えませんでした。
 タオには
「夜に迎えにくるから、それまでいい子にしてるんだぞ」
 と声をかけて、抱きしめましたが、お別れなんか言いませんでした。
 治ると信じて病院に預けているのにお別れなんてできるわけないですが、それでもちゃんと、そういうこともタオに伝えられなかったのが悔やまれます。

 タオが亡くなったとき、先生が「死なせてしまって申し訳ない」と言ってくれました。そしてヒカルやぼくが残念がるのと同じくらい、もの凄く残念そうだった。
 病院のケージの中では絶対にオシッコをしないタオ。ケージから外に出さないとオシッコしないタオ。
 それを「この子は律儀な子だから」と、先生が褒めてくれた。嬉しかったし、自慢だったし、タオの事を理解してくれてて安心だった。
 初めて入院した時は、当直の人がいないのに、先生は深夜に様子見に行って電話をくれた。
 頼りがいのあるいい先生なんです。

 でもタオの遺体を病院から引き取る時は、あまりに突然で動転した。
 容態が急変したと電話があって、10分くらいで駆け付けたときは人工呼吸器と心臓マッサージ。
 タオを抱きしめて「タオ! おうちに帰るぞ! おうちに帰るんだ! 迎えに来たからしっかしろ!!」と大声で話しかけました。
 するとタオはちょっとだけ反応して目を見てくれた気がするんですが、もしかしたら、迎えに行った事に気づかなかったのかも知れません。
 病院で、不安の中で亡くなった可能性を考えと怖くなります。どうかそんなことがありませんように…。

 病院で死なせてしまったことが悔しくて泣き崩れてしまいましたが、タオの遺体を車に乗せたあとに会計しようとするぼくに「そんなの後でいいから。ちゃんとタオくんを連れて帰って上げて。運転気をつけて」と、先生が言ってくれた。
 ぼくらが見えなくなるまで、病院の前で立って見送ってくれた。
 なのでちゃんとお礼したかったし、タオも先生とは相性よかったことは分かったし
「おりのことで先生を悔やませたら悪いから、ちゃんとお礼をいいに行ってくれよな、おとん」
 と、タオが言ってる気がした。
 なので先ほどお礼の挨拶をしてきました。

 すると先生は
「申し訳ない。助けるつもりだったんだけど、苦しませちゃっただけけも知れない…」
 と言っていた。先生も傷ついてると思いました。

「でもあのまま入院も点滴もしなければもっと早く亡くなっていたんだと思います。タオは、ぼくらがゆっくりお別れできる様にと気を使ってくれて、ちゃんと土曜日まで生きてくれた。これが平日だったら大変ですから…。他の子もいっぱいいますから、先生はみんなを助けて上げてください。タオのことは残念だけど、ほんとうにありがとうございました」
 と伝えました。
 そしたら先生も「ありがとう」と言ってくれた。

 こんなの自慢でもなんでもないですが、タオの命日は10月24日です。24なら西なので命日を忘れるはずもない。
 それを考えると、タオは優しい子なので、ぼくやヒカルに気を使ってくれて、いい亡くなり方をしてくれた気もする。都合のいい考え方なのは重々承知ですが、タオなりに、残されるぼくらに気を使ってくれた気もする。
 でもそう考えると、タオに気を使わせている様じゃ飼い主失格だとも思えるので、それがまた、悲しかったりもするんですが…。

 東京生まれで東京育ちのタオが亡くなった土曜日から、荼毘に付される今日の月曜日まで、東京はずっと冷たい雨が降りました。
 これはきっとヒカルとぼくの涙雨。タオの涙雨ではないと信じたい。あの子が悲しんでいるなんて、それこそ悲しくてやり切れないな。

 何のために書いてるのかも分からないし、書いててもまとまらないんですね…。

 タオのことを「律儀な子だ」と褒めてくれた先生には、タオの元気だった頃の姿を見て欲しかった。亡くなる前の数日しか知ってもらえてないのが寂しかった。
「こんなに元気で、優しい目をしたかわいい子だったんですよ」というのを自慢したかった。なのでWEBにアップしたタオの写真のURLを伝えて、時間があるときに見てくださいと伝えようと思ったんです。
 それをヒカルに相談したらやめた方がいいと言われた。

 タオが亡くなって、タオが、ヒカルやぼくのことをどれだけ考えて、愛してくれていたから痛感しました。
 20歳で亡くなったケムの晩年は寝たきりで、オシッコ、うんちの世話から、入浴に、床ずれしない様に寝返りさせたりで、それこそ老人介護でノイローゼになるほど大変だったんです。
 そこを経験しているから
「今度は大丈夫。ケムの時の経験を活かせるから老後と介護は任せろ」
 とタオに言い聞かせていたんですが、それでもやっぱり体重20キロもあるタオの介護は、精神的、肉体的、経済的に相当なプレッシャーです。

 タオもそれを知ってるから、あの子の優しさで、早く幕引きしてくれたのかも知れない。
 本当に勝手で都合いい解釈ですが「自分以外のことを優先する」ということをタオが教えてくれた気がするんです。
 自分が生きることよりも、ヒカルとぼくにかかる負荷を考えてくれたのかも知れない。
 なのでぼくもタオが教えてくれたことは忘れずにいようと思いました。

 …という話しをした直後に、先生にタオの元気な頃の写真をみせるという話しをして、ヒカルに止められました。
 言われて気づいたんですが、タオの元気な頃の写真を見て欲しいというのはぼくの勝手な都合であり「自分以外のことを優先する」どころか「自分の気持ちを優先する」に過ぎないんですよね。
 あれだけタオが亡くなってしまったことを悔やんでくれている先生に、タオが元気だった頃の写真をみせても何の意味もありません。
 それは先生をつらくするだけ。
 なので先生に写真を見てもらうことはやめて、ちゃんとお礼して、先生の判断は間違っていなかったことを告げて、タオは亡くなってしまったけど、これもタオの思いやりだと思うので、他の子を助けて上げてくださいと伝えたわけです。
 どうにも先生には頼りがちになりますが、先生だって、助けて上げられなかったことは悔しいに決まっている。
 なのでまずは先生をねぎらうことが大事なんです。

 そうだよね、タオ?

 また、夕方の散歩の時間です。
 ヒカルが帰ってくる19時くらいになると
「おとん、そろそろヒカルが帰ってくるでー。おりもオシッコもしたいから、迎えに行こうぜー」
 と、タオが言い出すんですよね。
 言い出すといっても、足元にきて、そわそわし出すだけなんですが、それももうありません。

 だいたい東京生まれで東京育ちのタオが、どうしてエセ関西弁なのかも分からないですが、ヒカルが関西出身ということもあって、いつの間にか、うちではタオが言いそうな事は関西弁というローカルルールになりました。意味分かりませんよね…。

 入院後にタオの回復を確信したので、週末の土日はキレイな環境で徹底的に面倒をみてやろうと思いました。
 なのでタオのベッドや、タオの毛布など、タオの匂いの染み付いたものは全て洗ってしまった。
 タオの匂いさえ、もう残っていないのが、もの凄く寂しい。

 タオの写真は全て見られないほどあるし、動画もいっぱいあるのはよかった。

 でもタオの声があまりない。
 人に向かって吠えてる動画はあるんですが、水を飲みたくて催促する声や、嬉しくて雄叫び上げるときや、「こっちきてよ、おとん!」と呼ぶときや、欠伸するときなどなどなどなど。
 声が聞こえないのも悲しいし寂しい。

 たくさんの人から励ましやお悔やみを頂きました。
 タオを荼毘に付した報告と、お礼をまとめようと思ったんですが、全くダメですね。何を書いてるのか読み返す気力がないのでこのままアップしますが、ほんとうにみんなありがとう。
 ヒカルもぼくも大丈夫なのでご心配なさらずに。すぐにタオのことを忘れられるわけもないし、忘れたいとも思わないので、しばらくは悲しみに沈んでますがきっと大丈夫。
 そんなことじゃ天国のタオに心配かけちゃうとも思うんですが、天国なんかないので、タオはいなくなったという現実を受け止めて、タオが残してくれたことや、教えてくれたことを大切にするしかないんですよね、きっと。

 うーむ、ダメだ。
 本当にまとまらない。

 こんなことをここで言っても意味ないですが、タオに伝えたいのは「ほんとうに会えてよかったよ」ということ。

 オシッコするために階段降りなくてもいい様に、オシッコ漏れても大丈夫な様に、お前の老後に備えて家を買う約束したけど、設立したばかりの個人事務所でローンが通らず、約束を果たせなくてごめんね。

 人見知りで病院嫌いだったから、極力そういうことを避けた。それはお前の性格を考えてのことだったんだ。でもそんな甘いこと言わず、もっとハードに医療機関を利用していれば、年を越せたのかも知れないよね。そして一緒に、毎年恒例の近所の祐天寺に初詣散歩もできたかも知れない。そういう判断ができずにごめんね。
 でもお前は、本当にどっちがよかったんだよ?
 ちゃんと教えてくれないから、どんだけ考えても正解が分からなかったよ。
 答えが出る前に死んじゃうしさ。

 他の人が見たら、ただのヨボヨボの雑種の大型犬(荼毘に付すのに20キロと言ったら大型犬料金だったよ! お前は中型犬だと思ってたんだけど、大型犬だったんだね)かも知れないけど、くりくりのまんまるな目や、仕草や、匂いや、性格や、声や、行動のなにからなにまで愛しかった。
 先生には見てもらうのやめたけど、みんなには見てもらいたいから、お前の写真をここにアップしておくよ。
 もう死んじゃったから意味ないけど、これだけ可愛いんだからファンが増えるといいね。

 もう会えないなんて信じられないし、悲しくて、寂しくて、悔しくてどうにもならないけど、ほんとうに会えて良かった。

 色々と全てありがとう。絶対にお前のことは忘れない。

 ヒカルが「タオの匂いがするものがなくなった」と悲しみに暮れているから、これから家中をひっくり返して、お前の匂いが染み付いたモノを探してみる。
 なにも残ってないかも知れないけど、やれることはやって上げた方がいいもんな。
 お前がいてくれたら、丸くなってベッドで寝ているお前を抱きしめて、顔を埋めて深呼吸すれば、嫌ってくらいに犬臭い匂いを嗅げたのにさ…。

 言いたい事は山ほどあるし、全くまとまらないし、まとまるとも思えないので、それでいいよな。

 なにしろありがとう。
 そしてさよなら、タオ。