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昼の買い物と午後の散歩

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 励ましやお悔やみありがとうございました。
 やっと個別に対応する気持ちになったので、みなさんにお礼しました。
 ほんとうに、心からありがとう。

 煙草を切らしたので昼過ぎに買い物に出ました。
 最近、やっぱり愛犬を亡くした方から「いつもしていた様にするとタオが喜ぶそうですよ」と教わったので、いつもみたいにタオと散歩に出る気分で行ってみた。
「タオ。散歩行くぞ」
 と声を出す。
 ぼくのベッドの足元で寝ていたタオが、ずんぐりと起き上がってやってくるのを思い出す。
 玄関にハーネスを置いてぼくが前屈みになると、タオがぼくの又の間を抜けるので、タオにハーネスつけて、リードつけてというのをイメージした。

 傍から見ると危ないおじさんみたいだけど、人からどう見られるかなんか気にしないで、タオと一緒の気持ちで話しかけながら歩いた。
「タオ、今日はすげーいい天気だな」
「タオさ、そんな面倒な顔せずに、煙草買うくらい付き合ってくれよ」
「あっ、ここの工事終わったみたいだぜ。何が建つんだろうね…」

 上着のポッケにリードを入れて、それに触れながら歩いた。
 ぼくの左側の足元にいるタオを見ると、タオが見上げて目があった様な気がする。
 気のせいなんだけど、気のせいじゃない気がする。

 煙草を買って店を出たとき、いつもみたいに、電話ボックスに繋いだタオが、こっちを見て、嬉しそうに尻尾を振ってる気がした。
 でもやっぱりいないんだけど…。

 家の前まで戻ると、ここにもタオがいる気がした。
 よくここで写真を撮ったので、いつもみたいに撮ってみる。
 心霊写真でもなんでもいいからタオが写っていて欲しいんだけど、やっぱりいないんですよね…。

 この悲しみで知ったんですが、悲しみや、寂しさってのは、お腹が空き過ぎると薄れますね。
 食べるとまた、悲しみや寂しさがこみ上げてくる。
 悲しむことや、寂しがることにもエネルギーがかなり必要みたいです。

 あとは葬式というシステムはよくできてる。
 人が亡くなるとお通夜や葬儀の準備が一気にくるから、悲しんでる暇がないですよね。あれって、悲しみに沈む暇を与えないという、よくできたシステムだと思いました。その分、あとからボディーブローの様にじわじわくるけど、亡くなった直後は慌ただしくて悲しみに沈んでいる暇がないし、人がいっぱい弔問にくるから寂しがっている暇もないわけです。
 でも犬だと、そんなシステムないから、亡くなった悲しみと寂しさに直面しないとダメなのでキツいですね。
 犬や猫や、その他の動物のお通夜や、葬儀も一般化すればいいのに。

 それとお線香。
 魂を沈めるとか、浄化するとか、お線香にはそんな意味があると思っていたんですが、それってきっと間違い。
 外から家に戻ると、家中に染み付いたタオの匂いがして嬉しかったのに、家の中がお線香の匂いになってしまった。
 写真や遺品はまだ物体だから思考が処理できるんですが、匂いって、かなり感覚的なものなので、悲しみや寂しさに直結しやすい。
 だからもの凄くタオの匂いが恋しいし愛しいんですが、それをお線香の匂いが上書きして消して行く。
 これもきっと、早く忘れるための習慣なんでしょうね。忘れたくないけど…。

 今日からヒカルが出勤したんですが、半休とって午後には帰ってきました。
 家で1人でいるのが何しろ寂しいから、ぼくにも気を使ってくれているだと思います。
 でもヒカルと2人でいても、タオの話しをするだけで、どっちみち悲しいし寂しい。

 そういえばヒカルを迎えに行くときに、タオの為に買溜めした医療用の腎臓サポートのドギーフード8キロ×3袋を車に積み込みました。
 ヒカルも了承済み。
 タオにも
「タオさ、お前のドギーフードだけど、タオはもう腎臓サポートじゃなくてもっと美味しいもの食べていいんだから、この、お前が食べ切らなかった残りは、病院に寄付するぞ。そしたら、お前みたいに腎臓が悪いわんちゃんが、少しは救われるかも知れないからそれでいいよな?」
 と声をかけて確認してみました。
 そしたらタオが
「おとん、オッケー。みんなに上げたって。おりは、もっと美味しいもの食べるしなー。他のわんちゃんに上げたってー」
 と、調子いいことを言ってくれた気がする。
 ヒカルを迎えたあとにそれを病院へ寄付。
 院長先生はいなかったけれど、病院が休診日に担当してくれた女医さんが「お辛いのにありがとうございます。きっと役に立てます」と言って受け取ってくれた。
 タオが亡くなった病院に行くのは辛いし、病院に近づくと息が苦しくなるんだけど、でもよかった。

 ヒカルが帰宅してからは、ヒカルと一緒にタオの散歩。
 リードを持って、3人(2人だけど)で、タオが元気だった頃を思い出しながら、タオが好きだったコースをゆっくり歩いた。

 この公園は好きだったとか、この家の犬のことは嫌いだったとか、こんな風があったらすぐにタオは家に帰りたがったとか、この道はタオと一緒に自転車で通ったとか、このところ足腰が弱って自転車散歩はしてなかったけど、最後は祐天寺に行ったんだとか、行きは嫌がるくせに帰りはペースアップするくらい家が好きな子だったとか…。

 そうやって2人で話しながらも、タオがいる気がしてるので、途中で「タオ。とまれ」とか「タオ、車が来たから危ないよ」とか、ちゃんと声に出してみる。
 ぼく1人だとマジで危ないおっさんだけど、ヒカルがいればそんなに怪しくもないはず。なので臆面もなく、本当にタオがいるときと同じに喋ってみる。

 タオのために行っていた散歩だし、タオと一緒に暮らす前は散歩の習慣なんてなかったんですが、散歩ってちょっといいかも。
 タオがいないのが寂しいけど。