代官山のカフェで小休止後に再びそこから徒歩で帰宅。
代官山〜目黒というルートはタオとの散歩コースだったので、あれこれと思い出して楽しい。
楽しいけど、寂しい。
タオが亡くなった病院に近づくと心拍数が上がって呼吸が苦しくなる。軽いPTSDなんだろうな…。
病院からタオの容体が急変したとの電話があって、ものの1分で家を出た。電話をもらってから5分くらいで病院に着いたけど、そのときタオはすでに危篤。病院へ向かう途中の元競馬場前の交差点と、大鳥神社の交差点で赤信号に引っ掛かった。ここは生活圏の交差点でほぼ毎日通るんですが、その度に信号が青に変わらなくて絶望的になった気分がフラッシュバックする。
そんな嫌な気分は早く忘れたいんですが、そういうの1つ1つが思い出なんだから複雑。忘れちゃうということは思い出が消えることにもなる。
タオの夢をずっと見ることができなかったんですが、そういえば今日(昨晩)に初めてタオの夢を見た。
夢に出てきたのは亡くなった当日の24日の土曜日の朝。なぜか病院に連れて行くことはやめようということになって、自宅でタオを看病していた。
そしたらやっぱり容体が悪くなって亡くなってしまった…。
苦しそうに寝ているだけのタオだったので、こんなんだったら夢に出てくれなくてもいいんですが
「おりはなー、びょういんにいかなくても、だめだったんやでー」
ということをタオが伝えてくれた気もする。完全にご都合主義の解釈だけど。
病院で死なせてしまったことが整理しきれていないんですよね。どうせ亡くなるなら、病院などに連れて行かずに家にいさせて上げればよかった。
でも亡くなる前夜は吐かなくなって確実に容体が回復していたから、病院で点滴して、夕方には迎えに行くのがベストだと思ってしまった。
亡くなるなんて、それこそ夢にも思わなかったから、週末はキレイな空間で看病してやろうと思ってタオ関係の用品をすべて洗濯してしまったし…。
病院に連れて行ったことを、タオは怒っていないだろうか?
本当は家にいたかったのに、病院で亡くなることになってしまったことを悲しんではいないだろうか?
大小様々な悔いが残っていますが、そこがいちばん大きな悔やみ。
あーあ…。
朝起きると「夢にタオが出てきた?」と聞き合うのが日課になってるんですが、今日ぼくが「タオが夢に出てきたよ」と伝えたら、ヒカルは嬉々として「どんな夢だった? タオは元気だった?」と聞いてきた。
「亡くなる日に、病院に連れて行かずに家にいたんだけど、それでも亡くなっちゃう夢だった」
と伝えるとげんなり。
そりゃそうだよな。朝からそんなこといわれてもね…。
目黒川沿いを歩いて帰ってきたら、病院近くの建物が解体されて、大きなクレーンが入って工事していた。
まるで夕日を吊り上げているみたいだったのでカメラを取り出して撮影。
「タオ見てみろよ。でっかい夕日を吊り上げてるみたいだろ?」
と声に出してみるが、当然のこと反応はなし。
もっとも景色に興味なかったので、タオがいたって喜びもしないですけど…。
