午後に渋谷でミーティング。
タオと散歩気分で中目黒〜代官山を経由して渋谷まで40分歩く。タオと一緒だともっと時間がかかるし、さすがに亡くなる前は主治医から散歩は10分でいいといわれていてたのでこの距離はもうムリだったな…。
「ゲームの企画がないか?」という話しだったので幾つかアイデアを伝える。
ゲーム愛が強い人たちなのでなにか一緒にできたら楽しそう。
ミーティングが終わって渋谷駅へ。
246を渡る歩道橋の上で何の気なしに振り向いたら、セルリアンタワーの横に「SOS」の文字。
すぐにビルに隠れてしまったが、夕日に照らされた雲が完璧な「SOS」を空に描いていた。空に煙で文字を描く飛行機のデモンストレーションかと思ったんですが、どうやら違うっぽい。
偶然とはいえ気になったので
「おいタオ。誰が、誰に向けた、どんな種類のSOSなんだろな?」
と、タオに声をかけてみるがなんの返答もなし。
「助けてくれ!」という切迫したサインというよりも「気をつけなさいよ…」程度の弱いサインだと思うんですが、ぼくが気をつければいいのか、ぼくの周囲に気を使えばいいのか不明。
東横線で祐天寺へ。
ビデオを返却して店を出たとき、タオをいつも繋いでいた場所に自然に視線がいく。
そこにタオはいないんですが「お待たせタオ。おうち帰るぞ」と、これまた自然に声が出る。
すると横にいた若者に怪訝な顔をされた。
そりゃそうだよなー。
独り言つぶやいてる人って、不気味で怪しいもの。
ぼくも今までは怪訝な顔をしてましたが、ひょっとすると独り言つぶやいてる人は、ぼくと同様に亡くなった犬や家族に話しかけているだけなのかも知れない。
そう考えると怪訝な顔などせずに、そのまま受け入れて上げればよかったという気もする。
でもしかし…。
もしかして独り言つぶやきながら歩いてる怪しいおっさん(=ぼくのことです)に対して、社会が「このおっさんに気をつけろ!」というSOSを出してるってことか?


