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Archive for January, 2009

梅と越後屋

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 雨上がりの東京に冷たい風が吹き付け、油面公園の梅が早くも雨に散っていた。

 学芸大方面に歩いて、数年ぶりに近所の大衆食堂「越後屋」へ。

 前回は客が誰もいなくて閑散としていた印象あるんですが、不況の影響なのか、スウェット姿の地元のオッサンや、現場が近いらしいガテン系の人や、ぼくくらいの年齢の夫婦や、近所のファニチャーストリートの家具店の店員っぽいオシャレな若者など雑多な客層が入れ替わりで常にほぼ満席をキープ。

 所謂チープ旨い系なので圧倒的に旨いわけじゃないですし、お皿もプラスティック製だったりするんですがそんなことを言うのは無粋というほどに安い。

 1品の量が少ないので、ご飯と味噌汁の他に、おかずを2〜3品オーダーするパターンがこの店流。
 上記リンクにあるメニューの写真を見て欲しいんですが、おかずが基本100円程度で、最高額でも150円というから驚き。
 2人で
  ・ライス(普):190円
  ・ライス(小):140円
  ・味噌汁 (普):70円
  ・野菜天ぷら:130円
  ・ハンバーグ:150円
  ・ウィンナー炒め:140円
  ・ポテトサラダ:130円
  ・冷や奴:80円
  ・のり:50円
 を食べて1,080円っすよ!!(ビール1本呑んでも1,500円で足りた)

 ちょい面倒なメールの処理と仕事あれこれ。
 夕方からミーティングがあって、それが終わったらスイスから来てるカメラ仲間と約束あるので、それまでに片付けないといけないこと山積み。

ガス欠の思い出

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 給油や貯金といった計画的なことが苦手だ。
 最近でこそガス欠でエンストってことはなくなったが、若い頃はガス欠で途方に暮れたことが何度もある。

 今でも覚えているが、友人を迎えに行く深夜に急に車が停止したことがあった。なにかと思ったらガス欠。深夜で周囲にスタンドはなく、当時は携帯もなく、さらには2,000円しかお金も持ってなかった。

 どうにもならないのでタクシーを停めて
「ガス欠したのでスタンドまで乗せてください。しかし現金が2,000円しかなくて1,000円はガソリンを買いたいので、1,000円でガソリンスタンドにできる限り近いところまで乗せて欲しい」
 と状況説明&お願いした。

 しかし残念な事に1,000円分走ってもガソリンスタンドは見当たらず、手持ちの1,000円を払ってタクシーを降りた。そしてぼくは幹線道路を24時間営業のガソリンスタンドを求めて歩き続けた。

 しばらくすると車のクラクションに呼び止められた。振り返ると先ほどのタクシー。
「お兄ちゃんよ、いまずっと走ったけどかなり先に24時間営業のスタンドがあったぞ」
「おっ! そうですか。情報ありがとうございます!!」
「ありがとうもいいけどよ、こんだけ空いてる道を車で走って10分くらいかかったから、そこまで歩くと1時間以上かかるぞ。それにガソリン買ってまた戻るんだろ? 往復で3時間くらいかかるぞ」
 それを聞いた途端気持ちが挫けたが、どうにもならないので
「若いんで大丈夫っすよ!」
 みたいに答えた。

 そしたら
「仕方ねーな。乗りなよ。その代わり後ろの席で寝てろ。空車のまま走るから、無銭乗車で見つかると怒られちゃうからさ」
 と運転手さんが言ってくれて、ぼくはタクシーの後部座席に寝転がり、空車のままガソリンスタンドまで送ってくれた。

 親切な運転手さんにお礼を言って、残りの全財産で1,000円分のガソリンを購入。
 それを持って車まで戻ろうと思ったら、あろうことかガソリンスタンドの先でさっきのタクシーが待っていてくれた。
 そして再び後ろのシートで寝てろと言われて、空車のまま、ガス欠してる車まで乗せて行ってくれたんである。しかも途中で缶ジュースまで奢ってもらった。

 あまりにも申し訳なかったので、住所と氏名を伝えてタクシー代はあとで郵送すると言ったら「メーター倒さずに空車で走ってんだから余計なことされても困るんだよ。そんなことはいいから、兄ちゃん頑張れよ!!」 と言い残して、そのタクシーは去って行った。

 タクシー強盗みたいな事件が多い昨今。こんなことは稀になってるのかも知れない。
 しかもいま同じ状況になっても、さすがに40歳越えたオッサンが「ガス欠なので24時間営業のガソリンスタンド方面に1,000円だけ走ってくれ」といったところで気味悪がられて乗車拒否されるのかも知れない。

 見知らぬ人の優しさに触れた、いい思い出だ。

 …で、今日もガス欠寸前。学習効果が低い事甚だしい。
 メーターを見てはいるんだけど、ガソリンメーターって意識に入ってないんですよ、きっと。

 残り走行距離が3キロになり、一気に表示が消えて焦った。

 どうにか24時間営業のガソリンスタンドに辿り着いて給油。
 そしたら満タンで65リットルのはずなのに66.23リットルも入った。どんだけスッカラカンだったんだろう。

 一時は満タンで9,000円オーバーだったハイオクも今では7,683円まで値下がりしている。
 値下がることはいいことですが、もっと高ければ車に乗る回数も減ることを考えると、エコ的にはガソリンは高い方がいい。
 もっともエコ的には車になんか乗らない方がいい。
 しかし不景気から抜けるには、みんなが車を買って、自動車産業が回復した方がいい…。

 複雑過ぎて、なにが正解か分かりませんね。

看板@目黒駅

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 たまたま列んでるTBCの中田選手と阿修羅展の看板。
 阿修羅もTBCでエステやればいいのにという意味に見えなくもない。

zero

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 前にも書いたが近所にラーメンゼロという店がある。
 なにがゼロかと言えば塩や醤油や味噌などの調味料がゼロ。複数の天然素材から出る出汁の旨味と塩分だけで食べさせる店だ。
 最初は味がしないと思っても、何回か食べているうちに素材の旨味がじんわりくるという趣旨の説明書きが店内にあるが、最初に食べたとき「あじ薄っ!」って思った。麺もスープも具材も凄く美味しいので「これで普通に醤油や塩味だったらもっと旨いのに」というのが正直な気持ちだった。

 しばらくしたらプラスワンという無料のオプションが追加された。醤油の煮こごりである。どうしても味が薄いと感じる人は、途中からプラスワンを追加して食べてくれというわけだ。濃い味が好きなぼくなんかは、プラスワンダブルで頂きたいくらいだった。

 またしばらくして再訪したら今度は卓上に岩塩のミルが置かれていた。プラスワンを追加すれば醤油ラーメンだし、岩塩を削って振りかければ塩ラーメンというわけだ。このあたりからゼロという意味がふわっと宙に浮いてしまったが、それでも調味料なしで食べさせようと企てたくらい出汁の複雑な旨味と、小麦が香る麺が凄い。なんだかんだ言っても旨いんである。

 だがしかし、途中でプラスワンと岩塩を置いてしまった方向転換は残念。薄いと思ってもそれは濃い味に慣れ過ぎているこっち側の問題で「出汁の旨味が分からないバカ舌になってるんだからお前が悪いんじゃ!」という客に喧嘩売ってるスタンスは好きだった。最大公約数を取ろうとするとどうしたってチェーン店的な過不足ない(没個性な)味になるから、それくらいオルタナティブなことをやるのは大事なことだ。

 とはいえお店も商売である。スタンスが偉かろうが、試みが斬新だろうが、客が入らなければ従業員の食い扶持がなくなる。それを考えると普通に美味しい醤油や塩のラーメンを出せばいいんですが、それでは他店と差別化できなくなるから埋もれる。
 そう考えると、なにが正解かは分からん。
 こういう斬新さを受け止める度量がない客(ぼくのことです)が悪い気もするが、それでも通ってるんだからこれまた意味が分からん。

 …と、ここまでが前振り(長過ぎ)ですが、コカコーラゼロを初めて飲んだ。
 精白したものは身体に悪いというマクロ思想にのっとれば、砂糖入りのコーラなんてのは悪魔の飲みもなんである。しかし身体に悪いものは旨いんですね。このコカコーラゼロは、人工甘味料の甘さが余計に身体に悪い感じがする。身体に悪いコカコーラが、身体に悪くない風を装って、異形の徒と化してるというか。
  身体に悪い感じが旨いんだから、コーラなんかは糖類やカロリーがあっていいんです。それを無理矢理ゼロにしてるから、余計に身体に悪い感じがする。身体に良さそうなコカコーラゼロを毎日飲むなら、身体に悪そうな本家のコカコーラを週1飲んだ方がよっぽど潔い。

 人工甘味料の甘さには蟻が寄って来ない。
「蟻も寄って来ないモノを、カロリーがないからと喜んで飲んでる人間はアホだ」と友人が言ってたがほんとその通り。

 ニコチンが少ないライトの煙草吸ってる(これもぼくのことです)くらいなら吸わなきゃいいのにってのと同じ問題かも知れない。

胎動

 確実に時代のモードが切り替わった。

 所謂不景気ということかも知れないが、全人類が家を持って、車に乗って、寒さ熱さをエアコンで調節して、子供を育てて、プラズマテレビを見て、携帯電話で話して、幾つもあるゲームハードで遊んで、美味しいものを食べて、ダイエットして、適当な医療を受けて、シーズン毎に洋服を買って、年に数回は海外や国内旅行ってのにはムリがある。
 お金がないからムリなんじゃなくて、地球のエネルギーや資源や土地が足りないわけだ。

 だから本質的には不景気による節約モードみたいな時代の空気を歓迎する。だって悲鳴を上げてる地球への負荷が減るわけであり、富める国と貧しい国とのエネルギー消費バランスが少しだけ元に戻る気がするから。

 しかし月に1本ゲームソフトを買っていた家庭が不景気ってことで2ヶ月に1本しかゲームソフトを買わなくなると、単純な話しぼくの収入は半分になる。そんな単純なことではないが単純にして話しを進めると、収入が半分になったぼくは週2回吞みに行ってたのに週1回に減らす。すると飲食店の収入も半分になるし、飲食店からの帰宅するときのタクシー利用も半分になる。他に月に2本映画を観ていたのが1本になる。そうすれば映画業界や映画館の売り上げも半分になる。映画に行けばお茶くらい飲んでいたのが、それも半分になる。するとスタバの売り上げも半分になる。
 そうして飲食店関係者や、タクシー運転手や、映画業界関係者や、スタバ関係者がさらにゲームを買ってくれなくなり、1ヶ月に1本だったのが、2ヶ月に1本になり、次には4ヶ月に1本しか買ってくれなくなるわけだ。
 そうするとぼくの収入は1/4になり、吞みや映画やお茶の回数がさらに減り…。(以後繰り返し)

 不景気ってのはそうやって消費が落ち込む事であり、消費が落ち込んだらモノやサービスが売れなくなるので余剰生産しても在庫を抱えるだけなので、その流れから生産が落ち込む(生産を減らす)。
 そこでまた人員削除みたいなことが起こり、その「ヤバいんじゃないか!?」って雰囲気が生活防衛みたいなことになって、さらに消費を落ち込ませる。

 経済に詳しくないことを前提にいい加減なことを書きますが、各国のゼロ金利政策ってのはバブルを生み出す起爆剤になるそうだ。なので「カチッ!」と音がして時代のモードが切り替われば、金利が安いんだから銀行借り入れして事業を興せだ、家を建てろだ、車を買えだののバブルが再来するらしい。
 しかし「そんな場合じゃないだろう」っていう時代の気分があるうちはバブルは再来しない。その当たりの景気という気分的なものの本質が曖昧で面白い。

 どっちにしろあと数年は冷え込んでるくらいでいいんじゃないか。ちょっと浮かれ過ぎて消費熱にうなされていた気がする。清貧を説くつもりはさらさらないが、バブルの狂った感じはあまりよろしくない。(享楽的だけど)

 普通に東京で生活してる人でも、江戸時代かどこかの時代の殿様以上にエネルギーや資源を消費しているそうだ。確かにそんな気がする。クール宅急便で全国の名産を好きにお取り寄せせきるんだもん、なるほど殿様よりも贅沢だ。それを考えると東京で生活してる人はみんな殿様以上。しかしそんなことは持続しないんです、きっと。

 このままいけば地域通貨が流行り出すんじゃなかろうか?

 不景気だって嘆いてないで、アイデア次第で、お金を使わなくても楽しく美味しく暮らす方法があることに気づいた方が楽しい。そういう方法をを探すのも今までと違って楽しいし…。

 どうしてこんなことを書いたかと言えば10年以上も前からの女友達からメール。当時は毎週末に朝まで遊びまくってお互いにふわふわしてたもんですが、その娘が独立した。

 メールはこう結ばれていた。

「しっかり地に足をつけて生きていこうね。」

 あの彼女がこんなことを言い出すんだもの、時代のモードが完全に切り替わっている。

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