Archive for October, 2009
October 28, 2009 at 10:49 am · Filed under Blog, Ricoh GRD2

タオはあまり棒状のガムが好きではありませんでした。本当は噛んで食べるものなのに噛んで変形させて終わり。
なので変形したガムがいつも家の中に数本落ちていて、遊んで欲しいときはそれをどこからか持ってきました。それを受け取って投げてやると、嬉しそうに取ってきてまた渡してくれる。ぼくにとっては特に面白くもない遊びなんですが、タオは変形棒ガム投げ遊びが大好きでした。タオがほんとうに嬉しそうで楽しそうなので、面白くもないんですが、そんなことを面白がるタオが可愛くてよく一緒に遊んだ。
家の中に変形したガムが見つからないときはベッドど床の隙間を前足で掘る仕草をして
「おとん! この中にガムが入ったから取ってくれー」
と、せがみます。
本来の躾としては、犬が催促してきてこちらが動くと、催促すればなんでもやってもらえると勘違いしてしまうのでダメなんです。
ボール投げしたいとき、遊びたいとき、散歩に行きたいときは、犬からの催促ではなくて、飼い主側から「おいタオ! ボール投げしようぜ!」という感じでこちらがリードする。それが躾の定石なんです。でもうちはそんなのお構いなし。
なにせ生後2週間(これはまた別に書きます)でもらってきたタオは、自分のことを犬だと思ってないし、ヒカルもぼくもペットという認識でタオを暮らしていませんでした。
タオが催促してもしばらくは、一応は主人の威厳を見せるために
「タオさ、お前そんなにボケちゃったのか? 犬なんだから鼻が利かなくなったら終わりだよ。ベッドの隙間になんか何もないよ」
と言って聞かせます。
するとたまに理解したみたいで諦めることもあります。いま思えば、そんなことで威厳など見せずに、幾らでも、タオが望むだけ遊んでやればよかったですが…。
意味なくぼくが威厳を見せても、それでもしつこくベッドの隙間を掘って催促するときもありました。その時は仕方ないのでベッドの隙間に定規などの細い棒を入れて何か入り込んでないか探ってやります。
すると大抵の場合、ぼくの知らないうちに、タオが1人で遊んでいるうちにベッドの隙間に入り込んでしまった変形した棒ガムがでてきました。
それを取ってやると大喜びでうるさいくらいに吠えするのですが、それはまるで
「すげーなおとん、かっけー! ありがと!!」
と言ってくれている様でした。
そして、特に面白くもない変形棒ガム投げ遊びがスタートするのです。
しかし。
ベッドの隙間から変形棒ガムを取ってやっても
「おとん、それちゃうでー。まだはいってるでー。もっとほりだしてー」
という感じで、取り出した変形棒ガムに興味を示さずに、ベッドの隙間を前足で掘るみたいな仕草を続けることがありました。
でも取り出した変形棒ガムでタオをあやしていると、そっちに興味が出てきて、いつもの変形棒ガム投げ遊びがスタートします。
いつだったか、変形棒ガムを取り出しても
「それちゃうやん。おとん、ちがうの、とってくれー」
とあまりにしつこいので、懐中電灯でベッドの隙間を照らしてもうなにも入ってないことを確認したことがあります。
真剣に探しても本当になにもなかったので
「タオさ、もう、ほんとになにも落ちてないから、諦めろって。お前の勘違いだよ。ちゃんと懐中電灯で確認したの見てたろ? 分かったか?」
ということを説明して、時間をかけて納得させたことがありました。
そしたら。
タオが亡くなった後にぼくのベッドと床の隙間に何かが見えて、取り出してみるとねずみおもちゃでした。
懐中電灯で探しても、ベッドの下には何もなかったのに。
タオは安っぽい作りのぬいぐるみが大好きでした。ぬいぐるみを噛み千切って中の綿を全て出してしまうことが大好きでした。高級なぬいぐるみだと、縫製がしっかりし過ぎていて中の綿を出すことができないんです。なのでUFOキャッチャーの景品が大好き。
たまにタオのおもちゃを手に入れるためにUFOキャッチャーをやったんですが、このねずみおもちゃもUFOキャッチャーの景品。確か中目黒か、渋谷のゲーセンで獲ったモノ。
タオはこのねずみおもちゃも大好きだったんです。でもあまりに小さくて噛みちぎることができないので、全てを口にふくんで、おしゃぶりみたいにして遊んでいた。
ずっと舐めてるので、唾液でべちょべちょで、あまりに汚いので、ぼくはこのおもちゃが嫌いでした。
きっとタオが
「それちゃうやん。おとん、ちがうの、とってくれー」
と言ってたのはこれだったんです。
しかしねずみおもちゃの存在も忘れていたし、懐中電灯で見たのに見つからなかった。
すぐに他のおもちゃに興味を示していたから、タオもこのおもちゃのことなんかそんなに大事ではなかったのかも知れませんが、亡くなったいまとなっては、どうしてあのときに見つけてやることができなかったのかと悔やまれます。
こんな些細なことはどうでもいいというのも分かってるんですが、あのときベッドを移動させてもっと徹底的に探してやってれば、タオがねずみおもちゃを欲しがったときに見つけてやることができたのに。
タオのいってることを理解して上げられなかったから残念がっていないだろうか?
悲しがっていないだろうか?
そんな小さな後悔が次から次へと出てきます。
完璧なんてありえないので、どんだけ全身全霊で愛して、そして全身全霊で愛してくれても、些細なすれ違いってありますもんね。
それは分かっているんだけれども、でもそれが寂しい。
話しは変わりますが鳩山首相の所信表明を見ました。
国民のことも、日本のことも、世界のことも大事だけど、それだとあまりに人間本意。
老人や、子供や、女性や、低所得者や、失業者のことを優先させるのも当然大事だけれど、もっと、犬やカメや猫のことも大事にする世界になって欲しい。
犬やカメや猫という限定じゃなくて、やっぱりちゃんと生きとし生けるもの全てを慈しむ世界じゃないとダメですよ。
それと未来のことを見据えて、未来のためにいま我慢するとか。
でも犬や猫には選挙権がないから、犬猫のことを考えても票に結びつかないんですよね…。
そうなると後回しにされちゃうけど、毎年100万匹近い犬猫が殺処分されている社会なんて、絶対になにか間違ってますもん。
ペット可の物件が少なくて引っ越しに苦労するとか、犬種を聞かれて「雑種です」というと断られるとか、そういう悲しい思いもタオにさせてしまったし。そのためには飼い主側のマナーの徹底も必要だから教育も大事。
飼い主が行政の方針で強制転居させられて、転居先で犬が飼えないために、飼い主が見つからなければ50数匹の犬が殺処分されてしまうというポスターが病院に張ってあったんです。
タオが生きてるときはタオのことしか考えられなかったけれど、でも、そんな現実があるということはもの凄く気が病む。
どういうアプローチをするかまだ決めかねていますが、タオの生と死が教えてくれたことを活かすために、ちゃんと行動しようかと思っています。
ヒカルもそういう気持ちになってるみたいなので、2人でやれば些細なことでもなにかできるかも。
人間と人間が寄り添う社会、人間と人間が支え合う社会は政治家が目指してくれてるので、ぼくらは政治家が目指さないことをやろうかと…。
それは人間と人間でも、人間と動物でもなくて、生きとし生けるものがお互いを慈しみ合って支え合う社会。
政治というスケールより大きな大志。「少年よ大志を抱け」じゃなくて「おっさんが大志を抱いた」わけです。
するとタオが
「おとん、かっけー。ねずみおもちゃは、みつけられんかったけど、おりのおとんは、ほんま、すごいんやでー」
と、タオも応援してくれる気がしなくもない。
悲しみが癒えるとそんな大志も消えちゃいそうなので、これがぼくの所信表明。
タオの散歩や、タオと遊んだりしていた時間がそっくり空くので、その時間をNPOなどに参加して埋めてみる。
タオが背中を押してくれたので、きっとタオも力を貸してくれるはず。
だよね、タオ?
October 27, 2009 at 6:58 pm · Filed under Blog, Ricoh GRD2

励ましやお悔やみありがとうございました。
やっと個別に対応する気持ちになったので、みなさんにお礼しました。
ほんとうに、心からありがとう。
煙草を切らしたので昼過ぎに買い物に出ました。
最近、やっぱり愛犬を亡くした方から「いつもしていた様にするとタオが喜ぶそうですよ」と教わったので、いつもみたいにタオと散歩に出る気分で行ってみた。
「タオ。散歩行くぞ」
と声を出す。
ぼくのベッドの足元で寝ていたタオが、ずんぐりと起き上がってやってくるのを思い出す。
玄関にハーネスを置いてぼくが前屈みになると、タオがぼくの又の間を抜けるので、タオにハーネスつけて、リードつけてというのをイメージした。
傍から見ると危ないおじさんみたいだけど、人からどう見られるかなんか気にしないで、タオと一緒の気持ちで話しかけながら歩いた。
「タオ、今日はすげーいい天気だな」
「タオさ、そんな面倒な顔せずに、煙草買うくらい付き合ってくれよ」
「あっ、ここの工事終わったみたいだぜ。何が建つんだろうね…」
上着のポッケにリードを入れて、それに触れながら歩いた。
ぼくの左側の足元にいるタオを見ると、タオが見上げて目があった様な気がする。
気のせいなんだけど、気のせいじゃない気がする。
煙草を買って店を出たとき、いつもみたいに、電話ボックスに繋いだタオが、こっちを見て、嬉しそうに尻尾を振ってる気がした。
でもやっぱりいないんだけど…。
家の前まで戻ると、ここにもタオがいる気がした。
よくここで写真を撮ったので、いつもみたいに撮ってみる。
心霊写真でもなんでもいいからタオが写っていて欲しいんだけど、やっぱりいないんですよね…。
この悲しみで知ったんですが、悲しみや、寂しさってのは、お腹が空き過ぎると薄れますね。
食べるとまた、悲しみや寂しさがこみ上げてくる。
悲しむことや、寂しがることにもエネルギーがかなり必要みたいです。
あとは葬式というシステムはよくできてる。
人が亡くなるとお通夜や葬儀の準備が一気にくるから、悲しんでる暇がないですよね。あれって、悲しみに沈む暇を与えないという、よくできたシステムだと思いました。その分、あとからボディーブローの様にじわじわくるけど、亡くなった直後は慌ただしくて悲しみに沈んでいる暇がないし、人がいっぱい弔問にくるから寂しがっている暇もないわけです。
でも犬だと、そんなシステムないから、亡くなった悲しみと寂しさに直面しないとダメなのでキツいですね。
犬や猫や、その他の動物のお通夜や、葬儀も一般化すればいいのに。
それとお線香。
魂を沈めるとか、浄化するとか、お線香にはそんな意味があると思っていたんですが、それってきっと間違い。
外から家に戻ると、家中に染み付いたタオの匂いがして嬉しかったのに、家の中がお線香の匂いになってしまった。
写真や遺品はまだ物体だから思考が処理できるんですが、匂いって、かなり感覚的なものなので、悲しみや寂しさに直結しやすい。
だからもの凄くタオの匂いが恋しいし愛しいんですが、それをお線香の匂いが上書きして消して行く。
これもきっと、早く忘れるための習慣なんでしょうね。忘れたくないけど…。
今日からヒカルが出勤したんですが、半休とって午後には帰ってきました。
家で1人でいるのが何しろ寂しいから、ぼくにも気を使ってくれているだと思います。
でもヒカルと2人でいても、タオの話しをするだけで、どっちみち悲しいし寂しい。
そういえばヒカルを迎えに行くときに、タオの為に買溜めした医療用の腎臓サポートのドギーフード8キロ×3袋を車に積み込みました。
ヒカルも了承済み。
タオにも
「タオさ、お前のドギーフードだけど、タオはもう腎臓サポートじゃなくてもっと美味しいもの食べていいんだから、この、お前が食べ切らなかった残りは、病院に寄付するぞ。そしたら、お前みたいに腎臓が悪いわんちゃんが、少しは救われるかも知れないからそれでいいよな?」
と声をかけて確認してみました。
そしたらタオが
「おとん、オッケー。みんなに上げたって。おりは、もっと美味しいもの食べるしなー。他のわんちゃんに上げたってー」
と、調子いいことを言ってくれた気がする。
ヒカルを迎えたあとにそれを病院へ寄付。
院長先生はいなかったけれど、病院が休診日に担当してくれた女医さんが「お辛いのにありがとうございます。きっと役に立てます」と言って受け取ってくれた。
タオが亡くなった病院に行くのは辛いし、病院に近づくと息が苦しくなるんだけど、でもよかった。
ヒカルが帰宅してからは、ヒカルと一緒にタオの散歩。
リードを持って、3人(2人だけど)で、タオが元気だった頃を思い出しながら、タオが好きだったコースをゆっくり歩いた。
この公園は好きだったとか、この家の犬のことは嫌いだったとか、こんな風があったらすぐにタオは家に帰りたがったとか、この道はタオと一緒に自転車で通ったとか、このところ足腰が弱って自転車散歩はしてなかったけど、最後は祐天寺に行ったんだとか、行きは嫌がるくせに帰りはペースアップするくらい家が好きな子だったとか…。
そうやって2人で話しながらも、タオがいる気がしてるので、途中で「タオ。とまれ」とか「タオ、車が来たから危ないよ」とか、ちゃんと声に出してみる。
ぼく1人だとマジで危ないおっさんだけど、ヒカルがいればそんなに怪しくもないはず。なので臆面もなく、本当にタオがいるときと同じに喋ってみる。
タオのために行っていた散歩だし、タオと一緒に暮らす前は散歩の習慣なんてなかったんですが、散歩ってちょっといいかも。
タオがいないのが寂しいけど。
October 27, 2009 at 8:20 am · Filed under Blog

東京は晴れ。やっぱり涙雨だったのかな…。
ぼくのベッドに朝陽があたるこの時間になると、タオはいつもここで、ポカポカの朝陽を浴びながら気持ち良さそうに寝ていた。
そんなときのタオを抱きしめると暖かくて、顔を埋めて深呼吸して息をいっぱい吸い込むと、タオの匂いとお日様のいい匂いがしました。
でもいまはタオもいないし、ベッドの上にタオの匂いが微かに残っているだけ…。
そういえば昨晩は、タオの匂いが恋しくて家中を家捜し。それこそ犬みたいに鼻を利かせて家中の匂いを嗅いで探しました。
フローリングだと滑るので、ヒカルがタオの動線にフローリング用マットを張ってくれたんです。そしたら、タオがよく立っていた場所や、タオが良く寝転んでいた場所には、微かにタオの匂いが残っていました。家中の床の匂いを嗅いでみて発見しました。
週末はキレイで気持ちいい環境で面倒見てやろうと思っていたので、タオのベッドやタオルケットを洗濯してしまったことが悔やまれます。
リードとハーネスは天国で必要ないと思ったのでそれは残したんですが、それはあまり匂いしないんですよね…。
野良犬だと思われない様に首輪はつけたまま荼毘に付してあげたし、家に残っている首輪は革なので、革の匂いしかしません。
タオのおもちゃが沢山残っているけど、タオの唾液まみれだった縫いぐるみやおもちゃは、ホコリの匂いしかしません。
ボール類はゴムの匂いしかしません。
タオがよく上がっていたソファも、ソファのカバーを洗ってしまった。でもカバーを外したら、微かにタオの匂いが残っていた。
古いハーネスにはタオの匂いが残っていたので、空気に触れて匂いが拡散して薄まってしまわない様にビニール袋に密閉してみました。
自分でもアホみたいだと思います。
そうそう!
家捜しの収穫はブラシ。
大小2つのブラシがあっって、そこにはタオの毛もたくさんあって、タオのいい匂いがしました。
いい匂いといっても単なる犬の匂いだから犬嫌いの人には悪臭でしょうけど、そんな匂いがヒカルとぼくにはかけがえない。
これもビニール袋に密閉。
あーあ。
朝に起きてもいないんだもんなー。
タオと一緒にドライブなんて贅沢いわないから、散歩一緒に行きたいなー。
散歩も無理ながら寝てるだけでいいんだけどなー。
そういえば悲しみって、ネガティブなマイナスエネルギーだと思っていたんですが、マイナスエネルギーでも涙とため息を生み出すんですよ。
…で、悲しみのマイナスエネルギーから生み出された涙やため息もマイナスエネルギーだと思っていたんです。1つため息つくと、1つ幸せが逃げるといいますもんね。
でも何も生み出さないと思っていたマイナスエネルギーの涙やため息さえも、僅かばかりの生きるエネルギーを生み出していることを知りました。
よく分からないかも知れないですが、凄い悲しいことがあれば感じられると思います。(もっともそんな悲しいことなんてない方がいいですけど)
全ては有意なんですよね。
無為なものなんか存在しないのでタオの死にも意味があるはずですが、いまはまだ、悲しいだけで意味が見いだせません。
励ましやお悔やみを頂いていますが、みんな悲しがってくれて、残念がってくれて、タオや、ヒカルやぼくを労ってくれるのは有り難い。
理解してくれている人がいて、色んな人が悲しんでくれて、タオの悲しみも薄まる気がするんです。救われるし、癒される。
でもそれも、ぼくの悲しみを共有させてしまってるだけだと気づきました。
なんか悲しいことばかり書いていてごめんなさい。
泣いてくれた人もかなりいたみたいで、人を悲しませて、泣かせてどうすんだと思いました。
タオが教えてくれた「自分以外の事を優先する」ということが全く実践できていませんよね。申し訳ないです。
タオは大丈夫。
ヒカルもぼくも大丈夫。
東京ローカルだけかも知れませんが、素晴らしくいい天気です。
みなさん1日お幸せに。
つらいことや悲しいことなくお過ごしくださいね。
では!
October 26, 2009 at 7:56 pm · Filed under Blog

体重20キロもあったタオが小さな骨壺に収まってしまいました。
亡くなったことは悲しいですが、それでも抱きしめて顔を埋めて深呼吸して胸いっぱいに匂いをかぐことができた。それもできなくなってしまうと、悲しみや寂しさだけでなく、喪失感もいっぱいになってきました。
両親が動物好きだったので、ぼくは小さい頃から犬や猫と一緒に暮らしていました。そして大人になって仕事をし始めて独り暮らしをしてみると、圧倒的に足りないものがあることに気づきました。
でも不規則な時間になる会社員ではムリだと思ったので、独立してラブデリックを設立するとき
「この先、仕事がうまくいくかどうか分からないけれど、独立して時間の融通は利くんだから、なにがあっても犬1匹くらいはどうにかしてみせる。ちゃんと面倒を見て看取ってやる。だから犬と一緒に暮らそう」
と決めました。
ぼくの生活に圧倒的に足りないものとは犬だったのです。
神宮前にラブデリックを設立してすぐに、ぼくが借りたのは千駄ヶ谷のワンルームマンション。
犬もいないのにペット可の物件を探しているぼくを不動産屋の人は不思議がっていましたが、すぐに犬との生活をスタートするつもりだったんです。
独立して時間に融通が利くといっても仕事が深夜になることがあるので、事務所から徒歩3分の場所にマンションを借りました。これで準備万端です。
その直後に「江戸川区でオス2匹とメス2匹が生まれて里親募集してるよ」と友達が教えてくれました。
飛んで行くと既にメスの2匹は貰われていて、オスが2匹残っていた。のろまで、ずんぐりした末っ子がタオでした。
抱いたとき、もう1匹はむずがったけど、タオは大人しく寝ていた。
「こいつとは気が合いそうだ」という直感でタオを選び、そのままティッシュの箱に入れて電車に乗って、家に帰ってからの付き合い。
タオとぼくの出会いはそんな感じですが、その3年後からヒカルも仲間に加わりました。
なのでタオとヒカルが最初に会ったとき、タオは3歳。
ヒカルの印象としてのタオは、まだ遊びたい盛りで落ち着きのない、人見知りする、大して可愛くもない犬だったそうです。そりゃそうですよね、単なる雑種ですもん。
その後にヒカルとぼくが付き合う様になり、ある日、ぼくが用事で外泊することになりました。
そのとき初めて、ヒカルに家に来てもらってタオの世話を頼んだんです。
一緒に散歩に何度も行ってるし、ぼくがいる状況でタオもヒカルも一緒に家にいる事はありましたが、ぼくがいないのにタオとヒカルの2人だけというのは初めて。
そのときは「ちゃんと散歩に行ったり、喧嘩せずに仲良くできるかな?」と、ヒカルはちょっと不安だったそうです。
そしてタオとヒカルだけの夜になると、ソファに座っていたヒカルの横に遠慮がちにタオが飛び乗ってきて、初めてちゃんと撫でる事ができて、そのとき初めてタオを可愛いと思ったそうです。
ヒカルも我が子の様にタオを愛してくれたし、タオもヒカルのことが大好きで、懐いて、愛してくれました。
ところで実はタオはそこそこ有名な犬なんです。
ぼくが作ったmoonでゲーム初登場し、その後もギフトピアやちびロボ!やキャプテン★レインボーにも登場してもらいました。大ヒットしたゲームではないので知名度低いですけど、タオと聞くとゲームのキャラを思い出してくれる人もいて、タオの事はゲームで知ったという人から励ましやお悔やみのメールを頂きました。
ありがとう。
週末に溜まったメールや仕事のあれこれを処理したので、心を落ち着かせるために、そして心配してくれた人への報告(すいませんが、個別の報告は、まだ気持ちが整理できないです)としてこれを書いています。
こうやって自宅の仕事部屋でMacに向かっている時は、いつもタオが足元か背後のベッドの上で寝ていました。何してるか気になって振り返ると、こっちを見ているときもあれば、思い切り爆睡しているときもあった。
そんなタオはもういないので、振り返っても意味ないんですが、どうしても習慣で振り返ってしまいます。
振り返ってタオがいないのはすごく寂しいので、こんな習慣早く身体から抜けて欲しい。でもそれが抜けちゃうのはどんどんタオが薄れてしまう気がしてまた寂しかったりして…。
42歳にもなって、悲しいだの、寂しいだのいってるおっさんも不気味ですが、こればっかりはどうにもなりませんね。20歳だろうと42歳だろうと、悲しいもんは悲しいし、寂しいもんは寂しいです。
42歳といえば、ぼくは厄年。
神社やお寺によって数え方が違う(数え年かどうか)ので、本厄という説と後厄という説があるんですが「厄年は自分よりも周囲に不幸が起きるから厄払いしておけ 」と諭されて、信心ゼロのぼくが厄払いには行きました。
なので大丈夫だと高を括っていたら、この世で1番大切なタオを失ってしてしまった…。
犬は不幸を持って行ってくれるという話しも聞くので、ぼくの身の上に降り掛かるはずだった不幸をタオが持って行ってくれたのかも知れない。でもどんな不幸だってぼくが背負い込めばいいし、タオに身代わりになって欲しいなんてこれっぽちも思わないので、そうじゃない信じたい。でもどうやっても証明できないんですよね。ほんとはどうなんだろう?
3年前に腎臓が悪いことが発覚してからはずっと、なるべく負荷をかけないという方針でタオは漢方の薬を飲み続けていました。漢方が効かなくなった去年の6月に手術して、それからは毎日朝の薬だったんです。
腎臓は完治する事がないので、ケムみたいに20歳までは生きられないだろうと思いました。
だから後悔しない様に、タオを優先して、できる範囲で徹底的に面倒を見ました。
残り少ない時間をなるべく一緒に過ごしたかったから、出かけるときは可能な限りタオも一緒に連れて行ったし、Route24を設立してフリーになったとき、オフィス用にスペースを借りるのもやめました。タオと一緒にいる時間を増やすために不便覚悟で自宅オフィスという選択をしたんです。
朝は出勤前にヒカルが散歩。昼はぼくが散歩。レンタルビデオなどの近所の用事はいつもタオも一緒。そして夜は、仕事や会食がない限りはタオとヒカルとぼくの3人で一緒に散歩しました。
鬱陶しがられるほどに声をかけたし、触れ合ったし、思いやった。精一杯愛したつもりです。
タオもそれに応えてくれたし、きっとタオもヒカルやぼくのことを愛してくれた。
でも、もっと違う人のところに貰われたら、もっと長生きできたのかも。
ぼくの限界値はこんなものだけど、もっと大きな愛情を注いでくれる人がいたのかも知れない。そう考えると不安です。
手術を受けた大学病院までは車で2時間くらいかかります。
ヘビーな検査を受けて、それからまた2時間かけて帰宅となると、帰ってからぐったりしちゃうほど消耗しちゃうんです。
なので数ヶ月に1回の血液検査はタオが仔犬の時からのかかりつけの病院にして、結果が悪ければ大学病院というパターンを続けていました。
次は11月に血液検査の予定だったんですが、その前に悪化して死なせてしまった。
こんなことなら、少しは負荷かけてもいいから毎月大学病院に連れて行けばよかった。
タオの容態が悪くなったとき、かかりつけの先生が休診だったので、家から車で5分の病院に行きました。
そこで検査すると、あまりに腎臓の数値が高いので「生きてるのが不思議なくらいだ」と言われました。
でもタオが死ぬわけないと思っていた。
もともと数値は悪いので、こっちはそれと折り合いをつけてここまでやってきてるんだと思った。これからもそうやっていくんだと思った。
しかし現実には測定不能なほどに数値が高いので、もしかすると、とも思って不安でした。
先生には「病院で死なせずに家で看取ってやりたいので、ほんとうに危ない時はいってください」と、ちゃんと伝えました。
すると先生は「これだけの数値だと死んでしまう可能性もあるが、治るだろうし、治してみせるので、いまは入院させた方がいい」ということで初めての入院。
最初に一緒に暮らし始めたのがワンルームなので、次に2DKに引っ越したとき、タオとは別の部屋に入って扉を閉めることをタオが嫌がりました。タオが自由に出入りできないからです。
それ以降うちはずっと、全ての扉を開けっ放し。タオが家中を自由に歩き回れることを優先させました。
なので狭いケージに入れられて、しかも慣れない病院に入院なんて、タオの気持ちを思うと不安で胸が張り裂けそうでしたが、木曜日はどうにか無事に帰ってきてくれた。
そして金曜日は朝から点滴で夜に迎えに行ったんです。あまり数値に変化がないということで、ストレスかけて入院させるよりもいいという判断。危ないから家に帰すわけではないと、先生がいってくれた。
すると金曜日の夜は吐かなかったし、ちゃんとオシッコもしたし、虚ろだった目に力が戻ってきたので回復を確信しました。
そして土曜日の朝に再び病院へ。
抗生物質の効き目も出てくる頃だと思ったので、ほんのちょっとだけ油断しました。そのまま死んでしまうなんて、まったく考えませんでした。
タオには
「夜に迎えにくるから、それまでいい子にしてるんだぞ」
と声をかけて、抱きしめましたが、お別れなんか言いませんでした。
治ると信じて病院に預けているのにお別れなんてできるわけないですが、それでもちゃんと、そういうこともタオに伝えられなかったのが悔やまれます。
タオが亡くなったとき、先生が「死なせてしまって申し訳ない」と言ってくれました。そしてヒカルやぼくが残念がるのと同じくらい、もの凄く残念そうだった。
病院のケージの中では絶対にオシッコをしないタオ。ケージから外に出さないとオシッコしないタオ。
それを「この子は律儀な子だから」と、先生が褒めてくれた。嬉しかったし、自慢だったし、タオの事を理解してくれてて安心だった。
初めて入院した時は、当直の人がいないのに、先生は深夜に様子見に行って電話をくれた。
頼りがいのあるいい先生なんです。
でもタオの遺体を病院から引き取る時は、あまりに突然で動転した。
容態が急変したと電話があって、10分くらいで駆け付けたときは人工呼吸器と心臓マッサージ。
タオを抱きしめて「タオ! おうちに帰るぞ! おうちに帰るんだ! 迎えに来たからしっかしろ!!」と大声で話しかけました。
するとタオはちょっとだけ反応して目を見てくれた気がするんですが、もしかしたら、迎えに行った事に気づかなかったのかも知れません。
病院で、不安の中で亡くなった可能性を考えと怖くなります。どうかそんなことがありませんように…。
病院で死なせてしまったことが悔しくて泣き崩れてしまいましたが、タオの遺体を車に乗せたあとに会計しようとするぼくに「そんなの後でいいから。ちゃんとタオくんを連れて帰って上げて。運転気をつけて」と、先生が言ってくれた。
ぼくらが見えなくなるまで、病院の前で立って見送ってくれた。
なのでちゃんとお礼したかったし、タオも先生とは相性よかったことは分かったし
「おりのことで先生を悔やませたら悪いから、ちゃんとお礼をいいに行ってくれよな、おとん」
と、タオが言ってる気がした。
なので先ほどお礼の挨拶をしてきました。
すると先生は
「申し訳ない。助けるつもりだったんだけど、苦しませちゃっただけけも知れない…」
と言っていた。先生も傷ついてると思いました。
「でもあのまま入院も点滴もしなければもっと早く亡くなっていたんだと思います。タオは、ぼくらがゆっくりお別れできる様にと気を使ってくれて、ちゃんと土曜日まで生きてくれた。これが平日だったら大変ですから…。他の子もいっぱいいますから、先生はみんなを助けて上げてください。タオのことは残念だけど、ほんとうにありがとうございました」
と伝えました。
そしたら先生も「ありがとう」と言ってくれた。
こんなの自慢でもなんでもないですが、タオの命日は10月24日です。24なら西なので命日を忘れるはずもない。
それを考えると、タオは優しい子なので、ぼくやヒカルに気を使ってくれて、いい亡くなり方をしてくれた気もする。都合のいい考え方なのは重々承知ですが、タオなりに、残されるぼくらに気を使ってくれた気もする。
でもそう考えると、タオに気を使わせている様じゃ飼い主失格だとも思えるので、それがまた、悲しかったりもするんですが…。
東京生まれで東京育ちのタオが亡くなった土曜日から、荼毘に付される今日の月曜日まで、東京はずっと冷たい雨が降りました。
これはきっとヒカルとぼくの涙雨。タオの涙雨ではないと信じたい。あの子が悲しんでいるなんて、それこそ悲しくてやり切れないな。
何のために書いてるのかも分からないし、書いててもまとまらないんですね…。
タオのことを「律儀な子だ」と褒めてくれた先生には、タオの元気だった頃の姿を見て欲しかった。亡くなる前の数日しか知ってもらえてないのが寂しかった。
「こんなに元気で、優しい目をしたかわいい子だったんですよ」というのを自慢したかった。なのでWEBにアップしたタオの写真のURLを伝えて、時間があるときに見てくださいと伝えようと思ったんです。
それをヒカルに相談したらやめた方がいいと言われた。
タオが亡くなって、タオが、ヒカルやぼくのことをどれだけ考えて、愛してくれていたから痛感しました。
20歳で亡くなったケムの晩年は寝たきりで、オシッコ、うんちの世話から、入浴に、床ずれしない様に寝返りさせたりで、それこそ老人介護でノイローゼになるほど大変だったんです。
そこを経験しているから
「今度は大丈夫。ケムの時の経験を活かせるから老後と介護は任せろ」
とタオに言い聞かせていたんですが、それでもやっぱり体重20キロもあるタオの介護は、精神的、肉体的、経済的に相当なプレッシャーです。
タオもそれを知ってるから、あの子の優しさで、早く幕引きしてくれたのかも知れない。
本当に勝手で都合いい解釈ですが「自分以外のことを優先する」ということをタオが教えてくれた気がするんです。
自分が生きることよりも、ヒカルとぼくにかかる負荷を考えてくれたのかも知れない。
なのでぼくもタオが教えてくれたことは忘れずにいようと思いました。
…という話しをした直後に、先生にタオの元気な頃の写真をみせるという話しをして、ヒカルに止められました。
言われて気づいたんですが、タオの元気な頃の写真を見て欲しいというのはぼくの勝手な都合であり「自分以外のことを優先する」どころか「自分の気持ちを優先する」に過ぎないんですよね。
あれだけタオが亡くなってしまったことを悔やんでくれている先生に、タオが元気だった頃の写真をみせても何の意味もありません。
それは先生をつらくするだけ。
なので先生に写真を見てもらうことはやめて、ちゃんとお礼して、先生の判断は間違っていなかったことを告げて、タオは亡くなってしまったけど、これもタオの思いやりだと思うので、他の子を助けて上げてくださいと伝えたわけです。
どうにも先生には頼りがちになりますが、先生だって、助けて上げられなかったことは悔しいに決まっている。
なのでまずは先生をねぎらうことが大事なんです。
そうだよね、タオ?
また、夕方の散歩の時間です。
ヒカルが帰ってくる19時くらいになると
「おとん、そろそろヒカルが帰ってくるでー。おりもオシッコもしたいから、迎えに行こうぜー」
と、タオが言い出すんですよね。
言い出すといっても、足元にきて、そわそわし出すだけなんですが、それももうありません。
だいたい東京生まれで東京育ちのタオが、どうしてエセ関西弁なのかも分からないですが、ヒカルが関西出身ということもあって、いつの間にか、うちではタオが言いそうな事は関西弁というローカルルールになりました。意味分かりませんよね…。
入院後にタオの回復を確信したので、週末の土日はキレイな環境で徹底的に面倒をみてやろうと思いました。
なのでタオのベッドや、タオの毛布など、タオの匂いの染み付いたものは全て洗ってしまった。
タオの匂いさえ、もう残っていないのが、もの凄く寂しい。
タオの写真は全て見られないほどあるし、動画もいっぱいあるのはよかった。
でもタオの声があまりない。
人に向かって吠えてる動画はあるんですが、水を飲みたくて催促する声や、嬉しくて雄叫び上げるときや、「こっちきてよ、おとん!」と呼ぶときや、欠伸するときなどなどなどなど。
声が聞こえないのも悲しいし寂しい。
たくさんの人から励ましやお悔やみを頂きました。
タオを荼毘に付した報告と、お礼をまとめようと思ったんですが、全くダメですね。何を書いてるのか読み返す気力がないのでこのままアップしますが、ほんとうにみんなありがとう。
ヒカルもぼくも大丈夫なのでご心配なさらずに。すぐにタオのことを忘れられるわけもないし、忘れたいとも思わないので、しばらくは悲しみに沈んでますがきっと大丈夫。
そんなことじゃ天国のタオに心配かけちゃうとも思うんですが、天国なんかないので、タオはいなくなったという現実を受け止めて、タオが残してくれたことや、教えてくれたことを大切にするしかないんですよね、きっと。
うーむ、ダメだ。
本当にまとまらない。
こんなことをここで言っても意味ないですが、タオに伝えたいのは「ほんとうに会えてよかったよ」ということ。
オシッコするために階段降りなくてもいい様に、オシッコ漏れても大丈夫な様に、お前の老後に備えて家を買う約束したけど、設立したばかりの個人事務所でローンが通らず、約束を果たせなくてごめんね。
人見知りで病院嫌いだったから、極力そういうことを避けた。それはお前の性格を考えてのことだったんだ。でもそんな甘いこと言わず、もっとハードに医療機関を利用していれば、年を越せたのかも知れないよね。そして一緒に、毎年恒例の近所の祐天寺に初詣散歩もできたかも知れない。そういう判断ができずにごめんね。
でもお前は、本当にどっちがよかったんだよ?
ちゃんと教えてくれないから、どんだけ考えても正解が分からなかったよ。
答えが出る前に死んじゃうしさ。
他の人が見たら、ただのヨボヨボの雑種の大型犬(荼毘に付すのに20キロと言ったら大型犬料金だったよ! お前は中型犬だと思ってたんだけど、大型犬だったんだね)かも知れないけど、くりくりのまんまるな目や、仕草や、匂いや、性格や、声や、行動のなにからなにまで愛しかった。
先生には見てもらうのやめたけど、みんなには見てもらいたいから、お前の写真をここにアップしておくよ。
もう死んじゃったから意味ないけど、これだけ可愛いんだからファンが増えるといいね。
もう会えないなんて信じられないし、悲しくて、寂しくて、悔しくてどうにもならないけど、ほんとうに会えて良かった。
色々と全てありがとう。絶対にお前のことは忘れない。
ヒカルが「タオの匂いがするものがなくなった」と悲しみに暮れているから、これから家中をひっくり返して、お前の匂いが染み付いたモノを探してみる。
なにも残ってないかも知れないけど、やれることはやって上げた方がいいもんな。
お前がいてくれたら、丸くなってベッドで寝ているお前を抱きしめて、顔を埋めて深呼吸すれば、嫌ってくらいに犬臭い匂いを嗅げたのにさ…。
言いたい事は山ほどあるし、全くまとまらないし、まとまるとも思えないので、それでいいよな。
なにしろありがとう。
そしてさよなら、タオ。
October 25, 2009 at 5:15 pm · Filed under Blog
なにしろ寂しくてやり切れない…。
タオは明日の昼に荼毘に付すことになりました。
冷たく固くなってしまったけど、それでも抱いたり、撫でたり、匂いを嗅ぐことができる。しかし焼いてしまったらそれもできない。いまでも寂しくてやり切れないのにもっと寂しくなるのはつらい。
タオはいつもぼくの部屋で寝ていたので、そこにベッドを置いてタオを寝かし、遺体が痛まない様にクーラーかけまくっているんですが、ここリビングから見ても、近くに行って見ても、寝ている様にしか見えないです。
「タオ! ご飯だよ」
とか
「散歩行くぞ!」
とか声をかければ起き上がりそう。もっとも最近では歳のせいでずいぶん耳が遠くなっていたから、声をかけても起き上がらないことも多かった。なので尚更にそう思う。
共有玄関でタオがオシッコ漏らす度にちゃんと拭いていたのでそれほど迷惑はかけてないし、元来がペット可の物件なので大丈夫なんですが、それでもタオに対して大家さんの理解があったのは助かりました。人見知りのタオは懐かなかったけれど、大家さんの子供はタオを見る度に「タオちゃんこんにちは!」と声をかけてくれた。なので荼毘に付す前に報告だけしようと思って挨拶に行くとわざわざ線香をあげに来てくれた。
よかったね、タオ。
明日の荼毘の棺桶(…とはいえ簡易段ボールだそうですが)に入れる品々をかき集め中。
タオが気に入っていた縫いぐるみのおもちゃ。
洋服2着。
身体に悪いから極力食べさせない様にセーブしていたビーフジャーキー。
それと写真。ヒカルとぼくのお互いのカメラで撮っていたから仕方ないんですが、タオとヒカルとぼくの3人で写っている写真がないのが悲しい。
そこで道路に3人の影が落ちた写真と、ヒカルとぼくの2ショットと、タオとヒカルと、タオとぼくと、ヒカルが撮ったタオと、ぼくが撮ったタオと、そして天国で会える様にとケムの写真を揃えた。
天国なんて残された人の気休めにしか過ぎないと思いつつも、ひょっとしたらタオは天国に行って、そこでケムと再会するかもと思う。そしたらぼくらが行くのを待っててくれればまた会える。もう2度とタオと一緒に散歩に行ったり、一緒に寝たり、抱いたり、撫でたりできないなんて信じられない。
タオが亡くなってそろそろ30時間。
亡くなったことは理解しているつもりなんだけど、まだきちんと受け入れられていない。
時計を見ると「あっ、そろそろ散歩連れていかないと」とか、散歩の途中でみんなで一緒に夕飯の買い物しようとか、そういう思考が染み付いていて、いちいち「そうだ。もうタオはいないんだ」と自分を納得させることばかり。
ヒカルもぼくも昨日からほとんどなにも食べずにお清めの酒ばかり吞んでいるので、明日にちゃんとタオを送り出してやるためにそろそろ何か食べないとダメだと思った。そこで車を出して買い出しに出たんだけど、いつもタオを乗せて行ったから、瞬時にリードを探しちゃうんですよね。
そこでまた「そうだ。タオはもういないんだ」の繰り返し。
そして駐車場に車を入れてお総菜など見てるんですが、少しだけタオにも美味しい物を食べさせてあげたいから唐揚げ買おうとか…。
さらには駐車場の車の中にタオを待たしているから、急いで買い物済まそうとか…。
親父が亡くなったとき、実家で買えなくなったケムと言う犬を引き取った。
晩年は寝たきりでしたが20歳まで生きて大往生。
ケムが亡くなったときは老犬の介護に不慣れだったので、ああしてやればよかった、こうしてやればよかったの後悔ばかりでしたが、その経験を活かして、タオの老後はばっちり面倒みてやる予定だったのに…。
ケムが亡くなったときも悲しくてやり切れなかったですが、ケムが亡くなってもタオが残った。
しかし今はタオもいなくなって、ヒカルと2人きりになってしまった。タオの存在は大きかった。
写真を見ながらヒカルと2人でタオの思い出話し。
すると泣けてくるので酒を呑む。
酒を呑むと寂しさが少しだけ薄れる様な気がするけれど、他に話すこともなく、テレビを見る気もしないので、どちらからともなく再びタオの思い出話しが始まって寂しくなることの繰り返し…。
タオはいい子だった。
人見知りだった。
犬見知りだった。
少しの曇りもなくぼくらのことを愛してくれた。
少しの曇りもなくぼくらもタオのことを愛した。
弱虫だった。
少しだけ我がままだった。
なにしろ3人一緒にいるとご機嫌だった。どちらかがいないと、ずっと帰りを待ちわびていた。
おっちょこちょいなところがあった。
ドライブが大好きだった。
病院が大嫌いだった。
雷や花火などの大きな音が大嫌いだった。
風に舞うレジ袋が怖くて大嫌いだった。
雨も大嫌いで、濡れて家に戻ると、ベッドの上でもんどりうって身体を乾かした…。
書くことで少しは整理されるかもと思って書いてみましたが、全く整理されませんね。
そういえばヒカルチョイスの写真を増やしたので、よければこちらのアルバムを見てください。
病気と老いで弱ったタオばかり人に見られて来たので、本来の生き生きとしたタオを見て欲しい。
なんでそんなこと思うのか、自分でもよく分からないんですが…。
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